東京地方裁判所 昭和52年(ワ)10062号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【説明】
原告は請求の原因として、被告は、その弟である訴外川島幸三郎に対し、「中央建設代表者川島惇」なる被告の氏名ないし商号を使用して、幸三郎が不動産取引の営業をなすことを承諾し、右の氏名ないし商号を使用して、原告との間で、売主を右商号の者、買主を原告とする土地・建物の売買契約を締結した。原告は右契約締結及び手付金及び代金内金の合計金六〇〇万円支払の際、右契約の相手方は被告であると誤認した。その後、右売買契約は解除され、原告は約定による右金六〇〇万円の返還請求権を取得した。従つて被告は、商法二三条に基づき、幸三郎と連帯して原告に対し、右支払金六〇〇万円返還すべき義務ある、と主張し、被告は、抗弁として、本件売買契約締結のころ、物件説明書及び物件の現場調査により、本件土地建物の所有者が訴外人であることを知つていたが、これらの所有者を契約の相手方とせず、「中央建設代表者川島惇」なる者を売主として右売買契約を締結し、さらに、「中央建設代表者川島惇」なる者が個人企業であることを知りながら、右売買契約締結等の際面会をして経営者を確めることをしなかつた。原告が、所有者を売主として右売買契約を締結して、さらに右経営者を確めていたならば、原告は被告を右売買契約の相手方と誤認することにはならなかつた筈である。そうすると、原告が被告を右売買契約の相手方であると誤認したことについては、原告に重大な過失があつた、と主張した。
判決は請求原因を認めたうえ、次のとおり判旨する。
【判旨】
三そこで、被告主張の抗弁について検討する。
1 <証拠>を総合すれば、原告は、前記売買契約を締結したころ渡辺敏明(編注――被告の代理人)から同人作成の被告の前記商号を作成名義人として表示した物件説明書の交付を受けたが、右書面には、登記簿に記載されている、本件土地の所有者が此原純子、本件建物の所有者が此原宏である旨記載されていたこと、幸三郎ないし被告は不動産仲介業者にすぎなく本件土地、建物の所有者ではなかつたことが認められ、右認定事実によれば、右売買契約締結のころ原告は本件土地建物の登記簿上の所有名義人が誰であるかを知つていたにもかかわらず本件土地建物の登記簿上の所有名義人でない仲介業者にすぎない幸三郎(前記渡辺が代理)と右売買契約を締結したものである。しかし、不動産売買等の取引の仲介斡旋を営む不動産取引業者がその顧客との間で右仲介斡旋ではなくて直接取引の相手方となつて不動産の売買契約を締結することは格別異例な事柄でないばかりか、他人所有名義の不動産を売買することも往々世間にはあり得ることでもあること、前記渡辺は、当時、原告と直接売買契約を締結することにより本件土地建物の売買の仲介斡旋をなすことよりも多くの利益を挙げ得るものと目論んでいたものと考えられるので、右直接売買は右渡辺の推奨によるものと推認せられ、そうすると、仮にこの場合、原告が直接本件土地建物の所有名義人とその売買をなそうとしても、これは至難な事柄であつたもの〔原告としては、幸三郎(代理人渡辺敏明)に不動産の買取の斡旋を依頼した以上同人を除外して右所有名義人と独自に右売買の交渉をなすことは困難であるし、右渡辺も原告が右所有名義人と接衝することを好まずこれを阻止し、一方、右所有名義人も右渡辺からの忠告により原告と接衝することをさけることが推認できるので、かくては原告が右所有名義人から本件土地建物を直接買受けることは至難である〕と判断できることなどを考え合すと、原告が本件土地建物の所有名義人でない仲介業者の幸三郎(代理人渡辺敏明)から本件土地建物を買受けたことを事由として原告が右売買の相手方を被告であると誤認したことに重大な過失があつたと断ずることはできないといわなければならない。
2 次に、原告が被告の前記商号を使用していた幸三郎(前記渡辺が代理)と前記売買契約を締結するに至つた経過及び「中央建設代表者川島惇」なる商号を使用していた者は個人企業体であることは前記二の1において認定のとおりであり、右経過に徴すると、当時原告が右企業体を個人企業体であると薄々感得していたことが推認できるところ、原告本人尋問の結果によれば、当時、原告は、一度も幸三郎ないし被告に逢つたことはなく、前記渡辺その他の使用人に経営者の所在を質問したところ、右使用人らは経営者は忙しいので店に来れない旨答えたことが認められる。しかし、前記二の1において認定の事実によれば、幸三郎は不動産取引業者としての店舗を構えて「中央建設」なる看板を掲示して右取引業を遂行し、幸三郎から全権を委任された渡辺敏明もそのまま右店舗を使用して右営業を続けていたものであつて、当時右渡辺らの言動に格別他人をして不審の念を抱すべき点があつたことを認めるに足りる証拠もないから、この場合原告としては果して右経営者が誰であるかを疑つてこれを探究すべきであつたとは云い難いこと、前記二の1において認定の事実によれば、幸三郎は、当時自己の名で不動産取引業を営むことができる免許を得ていなかつたので、被告の免許を利用しその商号を使用して右営業を遂行し他に仕事を持つてこれに忙殺されていたため右渡辺に右営業の全権を委任し同人をして右営業を遂行させていたものであるから、仮に若し原告が右経営者に面接しようと努めたとしても、この場合、右渡辺らは、原告を容易に右経営者に逢わそうとせず、逢わすとしても幸三郎を経営者であると紹介し、一方幸三郎も被告の前記商号を名乗つている者が自己である旨説明したであろうことが優に推認できることなどを考え合すと、原告が幸三郎ないし被告に逢つて前記売買契約の真実の相手方が誰であるかを探究していないことを事由として原告が右売買の相手方を被告であると誤認したことに重大な過失があつたと断ずることは困難であるといわなければならない。
3 他に被告の抗弁における主張を肯認せしめるに足りる証拠はない。そうすると被告主張の抗弁を採用できない。
四以上判示したところによれば、商法二三条に基づき、被告は、幸三郎と連帯して、原告に対し、前記売買契約の特約により原告が支払つた前記手付金等の返還金六〇〇万円及びこれに対するその弁済期の経過したのちである本件記録上明らかな本件訴状が被告に送達された日の翌日の昭和五二年一一月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならない。
(山崎末記)